自分が「特定のできるスタッフ」だった時のこと
私は、いわゆる「特定のできるスタッフ」でした。
先生の最高のパフォーマンスを引き出すこと。 言葉にしなくても意図をくみ取ること。
それができている、という自負もありました。
ただ、後輩の育成だけは、いつも難しかった。
特にマイクロエンドの現場では、
- 気が利く
- 言わなくてもわかる
- 先生のタイミングに自然と合う
そんな動きを、無意識に求められることが多いと思います。
ですから、私自身も他のスタッフに対して、
「もっと気の利く人だったら」
「もっと積極的に学んでくれたら」
そう思うことも、正直ありました。
今は私が休まずやっているから、現場は回る。
頼りにしていただくのは素直に嬉しい。やりがいもある。
もっと言えば、自己肯定感も上がる。
でも現実的には、一人分以上の役割を担っていて、 この状態を“維持する”こと自体が、 実はかなり負担になっていたのだと思います。
先生にそれを伝えていたか?
最初は我慢していました。
やんわりと伝えるところから始めたと思いますが、口に出すときには、もうかなり溜まっていたと思います。
今なら、当時の自分を少し客観的に見ることができます。
私は「できない後輩」に困っていたのではなく、
「自分の頭の中を共有できない状況」に困っていた
のだと思います。
マイクロエンドの現場では、
先生が次に何をしたいのか、
どのタイミングで、
何を、どの位置に用意しておくのか。
それを私はしばらくの間、
「感覚」で処理していました。
だからこそ、
- 言われなくてもできる
- 先回りして動ける
- 流れを止めない
そんな動きができていたのだと思います。
でもそれは、
私の中にしかないやり方でした。
後輩にとっては、
- 何を見て判断しているのか
- どこで「良い・悪い」を分けているのか
- どの順番で考えているのか
が、まったく見えない。
私は説明している「つもり」でしたが、
実際には
結果だけを求めて、相手の立場に立てていなかったのかもしれません。
そして、あるとき気づきました。
この現場は、
「私がいるから回っている」けれど、
私がいなくなったら、一気に止まる。
後輩のためにも、
先生のためにも、
そして自分自身のためにも、
この状態は、長く続けられるものではない。
今なら、はっきり言えます。
私だけができても、現場は楽にならなかった。
むしろ、
- 任され続ける
- 外せなくなる
- 育たない
という状態を、自分で作っていたのだと思います。
これは、
「誰かが悪い」という話ではありません。
能力が高い人がいるとき、
現場が見えている人がいるときほど、
実は起きやすいことだと、今は思っています。
マイクロエンドという、
先生ごとの思考や手順が色濃く反映される分野では
特にそうなりやすいと思います。

